京都大学iPS細胞研究財団(京都市、理事長は山中伸弥同大教授)は18日、患者などの細胞から個別にiPS細胞「マイiPS」を製造し、保管する施設を報道陣に公開しました。4月に稼働を始めます。手作業だった製造工程を自動化し、製造コストを大きく下げて治療に役立てます。
このほど大阪市内に同財団の「Yanai my iPS製作所」が完成しました。同財団の塚原正義研究開発センター長は18日、「iPS細胞の量産技術を日本、世界に広げ、特に難病や希少疾患など、iPS細胞による治療法でしか治せない病気のために役立ててもらいたい」と話しました。
体のあらゆる組織に育つiPS細胞は、必要な組織に分化させて移植するなどしてさまざまな病気を治療できると期待されています。
現在、パーキンソン病や視力が大きく低下する加齢黄斑変性などの臨床試験(治験)が進んでいます。こうした治験で使われているのは、ほとんどが健康な他人の細胞から作ったiPS細胞で、財団が保管しているものです。
細胞には血液型と同じように「HLA」と呼ばれる型があり、この型が合わない細胞からなる組織を移植すると拒絶反応が起こります。
財団は保管するiPS細胞を、多くの人に適合する型を持つ人の細胞から作ったり、さらにその細胞にゲノム編集を施したりして、拒絶反応が起こりづらくしています。
だが、こうした工夫を凝らしても、体質などにより拒絶反応が起こる人が一定数います。自分の細胞から作る「マイiPS」ならほぼ拒絶反応は起こりません。
1人分で数千万円かかるとされる製造コストの高さが課題でした。工程の自動化によって製造コストを大幅に下げる試みが、財団の「「マイiPSプロジェクト」です。
大阪府などが整備した再生医療拠点の中之島クロス内に完成した製作所は延べ床面積約1800平方メートルで、ドイツ製の培養装置を14台備え、iPS細胞を全自動で培養します。血液から細胞を取り出してから約1カ月でiPS細胞を製造できるといいます。
4月から利用を始めますが、当面は試験的な製造にとどまります。医薬品製造時の管理基準(GMP)の審査に通り次第、マイiPSを中心に少量の製造を始める見込みです。
キヤノンなどと国産の培養装置の開発も並行して進めています。将来は装置を増やして年間1000人分のiPS細胞を製造できるようにします。AI(人工知能)技術も組み合わせて最適な培養方法を確立し、1人分の製造コストを100万円ほどに下げます。
財団は当初、コスト目標の達成を2025年としていましたが、現時点では原材料コストだけで100万円かかってしまい、まだ達成に至っていないといいます。
「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長がプロジェクトに賛同し、2021年度から9年間、毎年5億円を寄付することを決めました。施設はこの寄付金によって建てられたため、同氏の名前を冠しています。
現時点でマイiPSの需要は限られています。ゲノム編集などの技術の進歩により他人由来のiPS細胞を使っても、拒絶反応が起きづらくなっているためです。
製薬会社などからすれば、コストが高くなりがちな上に使う人が少ないマイiPSは製品化に取り組みづらくなっています。また、日本を含め世界でiPS細胞を使った医薬品が承認を受けた例はまだありません。
今後、iPS細胞による最適な医療を提供するためにはマイiPSという選択肢を用意しておくことは重要です。他人由来のiPS細胞に何らかの問題が生じた時、マイiPSを使えば、解決できる可能性があります。
そうした「マルチパスウェイ(全方位戦略)」の必要性は、iPS細胞の生みの親の山中京大教授が「my iPSプロジェクト」を提唱した理由でもあります。プロジェクトが発足してから5年。核となる製造拠点が動き始めます。
2025年3月19日(水)
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